そのときの僕はどこか憂鬱な気分でした、というと大袈裟かもしれないけどたしかに胸は弾んでいませんでした。それは乗り継ぎを含め20時間もかかったことや持ち前の荷物の多さからくるものではありません。まさにいま乗っているバスのせいです。なにを急いでいるのかやたらと飛ばすし公共の乗り物とは思えない荒い運転。手すりに掴まって両足に力をいれていないと立ってられないし掴まってもぶんぶん振り回されます。窓を流れる風景も、古い建物を残しているというよりは風化した建物ばかり。街灯も少ないからなんだか荒廃したスラム街にでも来てしまったかのよう。それでもこの国に対する期待が大きければすべてプラスに解釈できるのだけどまだ好きにもなっていない未知数の段階では期待よりも不安が勝ってしまいます。急停車するたびリュックに体を持っていかれ不安定な気持ちがさらに揺さぶられます。いったいどこを走っているのかこのバスであっているのかもわからないままアコーディオンのあそこみたいなもので強引に2台のバスをくっつけた巨大なバスは色褪せた街の中をものすごい勢いで進んでいきました。
なんとなく直感で降りた場所は決して的外れではない気がしたのは目の前の広場の中心に背の高い塔が立っていてここが中心部でないわけがないという雰囲気が漂っていたから。軽いバス酔いをしてしまった僕は再び地図を広げてホテルの位置を確認します。
「コカインどう?」
それがこの国での最初の会話。はじめはなんといっているかわからなかったけどすぐにそれだとわかりました。地図にスーツケースという絵に描いたような観光客は彼らにとって格好のターゲットなのでしょう。夜遅いせいもあり歩いていると何人も近づいてきます。本当に治安はいいのだろうかとガイドブックの言葉が信用できなくなってきたとき、赤いネオンで光るホテルの文字が見えました。
「朝食は朝7時から1階のレストランです」
ほかに誰もいないフロントで一言も現地の言葉を使わずにチェックインを済ませると0階から2階へとエレベータはあがり薄暗い廊下を抜けて部屋の扉を開けました。ルームカードを差すと蛍光灯の音とともに固そうなベッドが現れます。綺麗ではあるもののどこか20年前のような内装。シャンプーはあってもリンスはなく日本のホテルでは捨てているであろう段階のタオル。なんだかヨーロッパにいると言うよりもどこか南米っぽい感じ。この色褪せた世界は僕の気分を重くさせました。まったく弾まないベッドで仰向けになる僕の口から深い息がこぼれ天井のあたりで雲のようにぷかぷかと浮いています。この国を選んで正解だったのだろうか、いい旅ができるだろうか、そんな自問自答を頭の中で繰り広げる日本人の部屋からまもなく明かりが消えます。こうして、ポルトガルでの最初の夜は過ぎていきました。