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「さよなら親切の国〜step into the sunshine〜」
第三話 オリーブと太陽と白い町

 6月から9月までが乾季のポルトガルは秋から春にかけて雨が多く不安定だとガイドブックに書いてあったのでしっかりスーツケースに入れておいた折り畳み傘やレインコートに申し訳ないくらいの青空が広がっていました。雲ひとつなく、太陽が燦燦と輝いています。温度計は28度を指していました。
「なんだあれ…」
 高速道路に乗ってすぐの橋を渡っていると左手に背の高い像が見えてきます。なにも知らなくてもシルエットだけでなんとなくわかりました。太陽に照らされたキリスト像。両手を広げてリスボンの街を見守っています。ポルトガルは国民の97%がカトリック信者なのです。
 それにしても噂では聞いていたものの、皆スピードがはやいです。120キロ以上で走っている車も珍しくありません。もしかするとヨーロッパで売られている日本のガイドブックには、「この国の運転はのんびり」と書いてあるかもしれません。右側通行で高速道路は3車線ですが一番左が追い越し車線なので日本とは逆。たしかに物凄いスピードで通り過ぎて行く車もたまにありますが、量自体少なくそれこそ日本の首都高で訓練された僕にとってはとてもわかりやすく安全快適で、また数十キロおきに「エリア・ジ・セルビシオ」いわゆるサービスエリアもあり、形態こそ違うものの日本と同じようにのどかで幸福な雰囲気が流れています。こうして、日本から抱えてきた多くの不安は時間とともに解消されていったのです。
 車窓からあっというまに建物の姿はなくなり地平線に向かってのびるアスファルト以外は一面緑色の平原で覆われました。きみどり色と濃い緑のコントラスト。小さく丸みを帯びた木々が列をなしている光景は童話の世界にいるようです。オリーブ畑、コルク樫、牧場、それらがゆっくりと車窓を通過し太陽だけが僕の車についてきます。時折訪れる緩やかな起伏と曲線。背の高いものがないからそれだけ空が大きいです。アイスランドのごつごつしたダイナミックな自然と違って、ここにはかわいらしく穏やかな自然がありました。
「ここで降りるのかな…」
 高速道路を降りるとさっきまで遠くに見えていたオリーブの木々がすぐ両脇に並びはじめ、信号のない道がまっすぐに伸びています。信号も電柱もない道を、僕はある場所を目指して走っていました。今日のメインディッシュではなく前菜のようなところでしょうか。しばらくして目的地の文字が記された看板を通過します。ポルトガルでは街や村の入り口に看板が立っているようです。こうした看板が上になく地面に立てかけられていることも空が広く感じられる要因のひとつでしょう。空を奪うものはなにもないのです。
「これか…」
 丘の上にまぁるいスタジアムのようなものが見えてきました。頂上の茶色い城壁から白い世界が広がっています。それは、アライオロスという小さな町でした。町と言うべきか村と呼ぶべきか、車一台が通れるくらいの石畳の道とその両脇に並ぶ白い家々。家といってもいわゆる戸建というよりは白い壁にただ玄関と窓がついているだけ。それぞれの壁には水色だったり黄色だったりラインがはいっていておもちゃの町並みです。ここでは絨毯のお店が多く、白い壁にカラフルな毛織の絨毯がかかっているかと思えば、それとは対照的に黒い衣装をまとったおばあさんが石畳をのんびり歩いています。  
 白い迷路のようなその町は、丘の上から放射線状に階段がのび、どこからでも城壁まであがることができます。階段をあがっていくとそれまで見えなかった家々の茶色い屋根が見えてきました。青い空と白い家、茶色い屋根とオリーブの緑。ぶつかり合うものはなにもありません、すべてが調和しています。ラジオが流れているのか、どこからか音楽が聞こえてきました。カフェのテラスでお茶をしている人たち。木々のまわりで遊ぶ鳥たち。僕は絵本の中にいるのでしょうか。アライオロスではゆったりとした時間が流れていました。
 前菜をおえると本日のメインディッシュへ向かいます。車もほとんどない一本道に時々小さな街が現れてはそのかわいらしさに車を降りて散策したくなります。また交差点、といっても信号はなくロータリーのような場所で曲がるポイントを誤って道に迷ってしまうことがあるのですが、それも嫌ではありません。なぜなら会話をする機会ができるからです。ここでは道を尋ねられて一瞬でも嫌な顔をする人はいません。紙に書いたり途中まで送ってくれたり。なんだかみんな教えたくてしょうがない感じです。リスボンから離れれば離れるほど彼らの言葉は温かみを増し、離れれば離れるほど英語を耳にしなくなるのですが、言葉はわからなくても、声のトーンや身振り、表情などでなんとなく想像できたりするものです。それに、理解できなくてもいいのです。彼らのやさしさを感じられればそれでいいのです。
「じゃぁ途中までいくからついておいでよ」
「え、いいんですか?」
 もしかするとこの国では地図はいらないのかもしれません。Tシャツ一枚になった日本人となかなか話をやめない現地の人との触れ合いを太陽とオリーブの木々が見守っていました。

 
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